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8番(浦上雅彦君) 政隆会が続きますが,政隆会の浦上雅彦でございます。どうぞよろしくお願いをいたします。
 同僚の田口議員は,我が巨人軍は永劫に不滅ですと言われましたけれども,改めまして阪神タイガース,優勝おめでとうございます。きのう私の親友からもメールが入りまして,涙が出るぐらいうれしいというような内容でした。酒ならいつでもつき合うよというような返事をしときましたけれども,本当に今のわけのわからないような事件や事故が毎日のように起こっている暗い世の中に,18年ぶりの優勝ということで元気がいただけるんじゃないかなと思います。大変にいい話題であろうかと思います。岡山の方でも阪神タイガースのファンがたくさんおられるようなので,経済効果とかも見込めるんじゃないかなと思います。改めまして,おめでとうございました。
 また,質問に入る前に少しお話をさせていただきますと,きょう私は,きょうというかけさね,夏の終わりを感じました。きょう夏が終わったなと私は思いましたね。そして,振り返ってみました。皆様方どんな夏だったでしょうか。私は去年も同じことを言わせていただいたんですけども,うらじゃ祭りでございました。ことしは,自分は踊り自体には参加しないんだけれども,チームを編成して,監督として練習を何回もして本番に臨みました。自分のチームの踊り連が踊っている風景を見たら,沿道で涙が出そうになりました。感動を共有することができたこと,いい経験をさせていただきました。本当によかったと思っております。
 そのうらじゃ祭りもことしで10年の節目を迎える年,最初の年から比べたら,比べものにならないほど大変大きな祭りに発展をしております。これからまた5年後,10年後とだんだんうらじゃ祭りも進化して,また岡山へ定着していってほしい,ぜひそうなってほしい。北海道のよさこいとか四国のよさこいを凌駕するほどの大きな祭りにぜひ発展してほしいと,心から願うわけであります。
 それでは,質問に入らせていただきたいと思います。
 項目は見てのとおり,皆様方は5問か6問されておりますけども,私はたった2つですので,質問に入りますとすぐ済んでしまいますけれども,それだけ質問しなくても問題点が少ない市政を行ってくださっておるということだと思います。
 それでは,「愛着の持てるまちづくり〜ストリート編〜」とかわいらしい題名をつけさせていただきました。質問に入りたいと思います。
 私が大学生だったころの話ですが,私は東京都府中市の駅前でバイトをしていた時期がありました。そのバイト先は,駅から歩いて5分ぐらいのところですけども,通りに名前がつけられていて,「みゆき通り」と言いました。幅が3メートルもないぐらいの細い道なんですが,私は来る日も来る日も,そのみゆき通りを歩いてバイト先へ向かったのであります。あれから10年以上もたっているのに,みゆき通りの名前を聞けば,無条件でその風景とそのころの思い出がよみがえって,胸が痛くなるのであります。
 そのみゆき通りと同じぐらいの道がすぐ隣にも何本か通っていて,すべての道に名前がつけられておりました。私の青春の舞台となったのはみゆき通りであったために,1つ隣のストリートの名前さえ思い出せませんが,道の名前を愛着を持って思い出すことができることは大変ありがたいことだなあと,今になってしみじみと思います。道の名前とともにその道で生きた自分のことや,友人,行きつけの店のおばさんの笑顔など,いろんなことを思い出します。しかし,そんな感謝の気持ちが持てるのも,すてきな記憶が思い出せるのも,道に名前がついていたからこそだと思います。
 そこで,岡山市としてもまちのストリートにニックネームをつけたらどうでしょうか。小さなことではありますけれども,市民の岡山愛を深めるにはかなり効果的であると思います。費用対効果を考えても,抜群にすばらしい政策であろうかと思います。
 岡山市として,過去に2度ほど試みたとお聞きしておりますが,これまでに名前がついているストリートの中には,ううん,どうかなと思ってしまうものがございます。
 例えば,岡山駅から市役所をつなぐ大動脈,あれを市民に対して公募してついた名前が何と「市役所筋」。市役所筋ですよ,そのまんまじゃないですか。市役所筋が生活の中心となっている方はたくさんおられると思いますが,道の名前をどう思われているのでしょうか。多分もっと愛着のわいてくるようなほかの名前の方がいいんじゃないでしょうか,要らん世話かもしれませんが。
 もう一つの例,これは私の地元富山学区のど真ん中を通っている大動脈,ストリートの名前は「岡山・牛窓線」であります。岡山と牛窓をつないでいるという意味なんでしょうが,行政の呼ぶ道路の名前のままでは,全く夢や希望を感じることはできません。この場合は,県道ですから勝手に岡山市がニックネームをつけることはできないと思いますが,岡山市の管轄下にある岡山市道には,できる限りでニックネームをつけるべきだと思います。その都度コンテストを行えばいいと思います。
 そして,名前が決まれば「〇〇通り」「〇〇アベニュー」と表示したものをシンボル的に設置するわけであります。岡山のまちに対してより一層の愛着が持てたら,岡山のまちはより一層発展していくと考えます。小さなことではあるけれども,ふるさと岡山を思う,これもれっきとした郷土愛であり,大きな意味で言えば愛国心だと思います。たくさんの人々がストリートの名前が表示されたステッカーを外に張って,元気印をアピールできるようになれば,そのストリートは必ず栄えるでしょうし,まちに自信が持てるようになると思います。
 平成17年には「晴れの国おかやま国体」がございます。この国体もまちに自信を取り戻す一つの契機であろうかと思います。できれば早い便で,新たにニックネームをつけるストリートを確定していただきたい,そして大々的にコンテストを開いていただきたいと思います。
 「萩原市長」とか「浦上議員」とか呼ばれているうちは,まだぬくもりはありません。「はぎさん」とか「うらちゃん」と呼ばれるようになって初めて,愛着,ぬくもりが出てくるのであります。市長のお考えをお聞かせください。
 かわいらしい提案をさせていただいた後,重苦しい質問をさせていただきます。
 もう最後の項,入札制度について。
 私は,過去幾度となく入札制度の改善を訴えてまいりました。最近では,改善を求めたのは,底なし入札をやめていただきたいというただ1点のみでありました。従来の指名競争入札のあり方も高く評価しておりますし,8,000万円以上の入札に郵便を使うことも反対するものではございません。ただ1点のみ,底なし入札だけは回り回って岡山市のためにならないので,改善してくださいと訴えてきたわけでございます。
 現に予定金額の40%台で落札する低入札が続き,とうとう1円入札までありました。このままでは岡山の土木・建設業界が狂った戦場と化してしまいます。結果として,底なし入札がさらなるデフレに拍車をかけているのであります。
 そうしたことを訴えさせていただいてる中,ことし7月1日,待望の入札制度の改善が行われました。私は胸をときめかせて契約課へ行き,説明を受けました。しかし,私は愕然としました。底なし入札はそのままだったからであります。変わったところといえば,今までは底なし入札ながら2つの条件があったのに対して,今度のは条件が3つふえて,5つの条件がついているものでありました。1つでも条件が守られていなかったら失格になるというシステムであります。逆に言えば,5つの条件を守ることができれば,底はないというシステムでございます。
 私は底なし入札の改善を訴えておりますが,最低落札価格を復活させろと言ってるわけではございません。私は最低落札価格の復活に対しても反対でございます。私は昔から,8,000万円以上の郵便入札も,すばらしく公平な,いわゆるコロコロポンにするべきだと訴えております。今回の改善後の入札制度の感心できない点は以下の点であります。
 1つ,今まで少しずつではあるが,情報公開の理念に基づきガラス張りになりつつあったものを,今回時代を逆戻りさせ,積算する過程でやみの部分を何カ所か設けた点,これが1つ目。
 2つ目,このやみの部分がわかれば最低落札価格にたどり着くので,最低落札価格を復活させたこととほとんど変わらない点。
 3つ目,そのやみの部分を知ろうと企業からの圧力が役所へ大きくかかったに違いない。よって,秘密保持の必要性が発生している点。この点は職員にすごく負担がかかっていると思います。
 4つ目,失格した企業への説明が困難な点。やみの部分の説明ができないため,失格か落札認定かの基準が不透明である。先日も20社中12社が失格したらしいが,その12社に対してなぜ失格したかを詳しく説明することができない。よって,企業は納得できない。この点でも職員にすごく負担をかけると予想されます。企業は絶対に納得しません,失格しても理由を説明してくれないわけですから。数字は教えてくれると思いますが,その根拠は教えません。
 5つ目,5つの条件を守って仮に落札できても,せいぜい予定価格の50%台は確実である。企業にとっては決して楽な数字ではない。低入札は低入札のままである。
 以上のことから,8,000万円以上の郵便入札も,完全に公平で,なおかつ職員に負担のかからない,さらには最低でも67%と決まっている,三拍子も四拍子もそろった究極の入札方法コロコロポンを強く推薦させていただきます。
 私は,先ほど岡山の土木・建設業界は狂った戦場となりつつあると申しました。何でそうなっているかと言いますと,もちろん不景気だからであります。民間の仕事がなくなっているし,役所の仕事も毎年毎年減っております。なおかつ,その上で役所が底なし入札をやっては絶対にいかんのです。ルールもない,仁義もない狂った状態に突入してしまいます。すべての入札が完全に公平となったとき,業界はルールを取り戻すと信じています。業界の中での浄化作用が働くと信じています。
 岡山市の行政としては大きな観点に立ち,業界全体を指導する立場にあると思いますし,そうしなければなりません。業界が全体的におかしくなってきたら正常化するような政策を投じ,回復するかどうかを見守るべきだと思います。それが真の姿だと思います。しかし,見守るどころか,底なし入札でさらなる混乱の火種をまいているように思います。当局のお考えをお聞かせください。底なし入札,やめていただけないでしょうか。
 以上で私の質問を終わらせていただきますが,正義の御旗は我が方にあり,堂々と風にたなびいておりますので,いいかげんな答弁をしないように,その気で臨んでくださいませ。再質問はしない予定にしております。どうぞよろしくお願いをいたします。
 終わります。(拍手)





市長(萩原誠司君)  まず,御苦労さまでございます。
 通りの名称ですけれども,これは一見かわいらしい質問に見えますけども,大変奥深い問題を含んだ質問であります。日本国の地籍の表示が,要するに土地の塊に名前をつけていくという方法にいつのころからかなっとりまして,その結果として,通りというものはその土地の塊であるA地点とB地点を結ぶっていう思考にしかなっていない。一方で,特に欧米諸国は通りが基準になっていて,何とか通りのどの辺にいるんだということで場所を規定していくわけであります。
 そして,モータリゼーションとか交通っていうのが盛んになってくると,やはり次第にその通りというものが,社会生活の基盤にだんだんなっていくわけであります。現に日本でも,東海道は五十三次と言いますけども,あれは東海道という道があって,どの辺だっていうふうになってきたわけであります。交通の頻繁さが,あるいは交通の重要性が,ストリートに名前をつけていく大きな要因になります。
 現状を見ますと,私の個人的な感覚で言いますと,やはり日本の土地にはストリートであれアベニューであれ何でもいいんですけれども,その面に名前が少な過ぎるというふうに,私はこれはもう正直思います。殊に外国の方々などを案内するというか,連絡をつけてこの辺におるんじゃみたいな話をしょうると,北長瀬本町と言うてもだれもわからんわけですから,差し向き旧国道2号みたいなことを言って,そっからあそこへこういうのが見えるからこうだと言うんですけども,普通の場合は,恐らくこれは地図に必ず名前があって,アイウエオ順かアルファベット順かは別として,名前を引くと大体この辺というふうにわかるような仕組みになっているわけであります。
 そんなことも考え,さらに議員御指摘になったように,愛着というか,まち,地域を愛する気持ちといったことを考えたときに,私の直観ではしっかりとした通りの名称をつければいい。ただ,国道や県道に勝手に名前をつけちゃいけないんで,それは政令市との絡みは多少あるのかなあと思いますが,ここはひとつ何らかの形で市民の方々にそういう話をね,そういう議論を提起した上で,意向を聞くべき時期にもなっとんのかなあと思っております。
 ちょうどことしが,たしか市民意識調査の当たり年でありますので,それによってできるかどうか,ちょっと市民意識調査も込んでますんで,この場で即断はできませんけれども,こういう考え方はどうですかということ,それを市民の方々に問いかけて,反応をいただいて,そして前進をすべきかどうか,私はすべきだと思いますけれども,検討するような,そんな段取りをとっていきたいと思います。
 なお,市役所筋については,これはもう決まったもんですからね,そのままにしておくんじゃないかと思います。
 それから,入札についての御議論でありますけれども,去年とことしで入札方法が変わりました。方程式の数がふえました。ただし,方程式の数がふえますと,ブラックボックスを置かないと全部解けちゃうもんですから,御案内のとおり2点,3点,いわゆる見えない部分ができていて,これが見えると全部解けちゃうみたいなそんな話になって,これは実は議員御指摘の何点かというのは,私どもも若干の危惧を持って見ています。逆に言うと,そのあらわれが職員に対するある種のプレッシャーとしてかかってくるんじゃないか,それがどうなんだろうかというのが,ことしの入札方法に関する評価を決める最大のポイントだというふうに私も見ております。
 で,去年の状況,そしてことしの状況,もしこれがうまいぐあいにいかんかったら,もうコロコロにいくしかないんです,これ。ですよね,これ。ちなみに,私はコロコロの発案者でございまして,最初この発案をしたときに,まさに幾つかの条件を設定して……,若干問題なくはないんですよ,一生懸命勉強して,低い価格を入れた方が,たまたまコロコロの結果として上に札が来ますと,泣きの涙を見るという実は大きな欠陥もあるもんですから,当時5年弱前ですけれども,部内でも相当の議論がありましたけど,まあやってみようじゃないかということになりました。
 その後の評判を聞いていると,これは議員の御質問の中にも一部その感じがあらわれてましたが,そう悪くないのかなあと。だから,あの方法についても,そんな大きな問題がないんではないかっていう評判というかね,評価も固まりつつあるんじゃないかなあというふうに思っています。
 そういたしますと,今回の入札制度のこの7月における改善というものが非常にうまくいってね,プレッシャーもないままにすっとこう流れていきゃあこれで定着ですけれども,そうじゃなくて,いろんな問題が発生する,それこそ説明しにくい問題が起こる,業務的にも入札制度の説明だけに契約課が追われていくみたいなことじゃあ,これは業務になりません。そんな状況にならないことは期待しますけれども,なったとしたら,これは次のステップは8,000万円を上げるというステップを踏んでみることになるんじゃないかと思います。
 この辺まで私の頭の中の整理を申し上げて,御理解を賜りたい。
 以上,答弁を終わります。
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